中国語版マーラーの「大地の歌」

G.マーラーの作品に漂うそこはかとない東洋的な雰囲気は、果たしてどこから来ているものなのでしょうか。

彼が幼少期を過ごした環境は、軍隊が行き来するようなものだったそうで、軍楽的な要素であったり、死を想起させるものは恐らくその辺りから来ているものなのでしょう。はたまた愛情のようなものはアルマとの関係がよく言われているところです。そういった土台に対して、例えば「シノワズリー」や「ジャポニズム」という言葉で現されるヨーロッパで盛んだったオリエンタリズムが合流し、また、8番目の交響曲を書き終えてしまったことによる手詰り感からの救済(または逃避)という側面もあったのかも知れません。

具体的なインプットとなったのは、ハンス・ベートゲなる人物による「中国の笛」という詩集。ハンス・ハイルマンにのドイツ語訳「中国叙情詩集」を元に、実際の内容を時には大胆に手を入れてドイツ語による詩に組み直したものです。これが大地の歌の歌詞に繋がっているとなれば、当然それをリバースエンジニアリングしたくなるものですが、実際にそれがCD(SACDですがハイブリッドなので通常のCDプレーヤーでも再生可能です)に収録されていました。

G.マーラー:大地の歌(中国語版)
1.大地の哀愁に寄せる酒の歌」(李白「悲歌行」)
2.秋に寂しき者(銭起「效古秋夜長」)
3.青春について(李白「宴陶家亭子」)
4.美について(李白「採蓮曲」)
5.春に酔える者(李白「春日酔起言志」)
6.告別(孟浩然「宿業師山房期丁大不至」王維「送別」)
ボーナストラック
7.告別(ドイツ語版)

(マーラー自身が自らテキストを起こした終楽章エンディング部分は、中国語への翻訳したとのことで、そのオリジナル部分がボーナストラックとなっています。)

メゾ・ソプラノ:ニン・リアン
テノール:ウォレン・モク
シンガポール交響楽団
指揮:ラン・シュイ

ドイツ語といえばとにかく子音が目立つのに対して、聞けばそういった部分が溶けてしまったような滑らかな聴感が印象的です。同じ曲として認識出来るかといえば、同じはずなのに全然印象は違う、といったところでしょうか。

L.v.ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番変ロ長調 《作品130》

とある演奏会用に書きました。


ベートーヴェンがその生涯を閉じるわずか3年前に交響曲第9番が完成されているが、最後の数年間は弦楽四重奏曲の作曲に費やされた。出版順に付された番号とは異なり、第12番、第15番、第14番、第13番、第16番の順に作曲されたが、第13番については終楽章が単一楽章の楽曲「大フーガ」として切り離され、1827年に出版されるまでに別の終楽章に差し替えられたことから、この第13番が実質的には最後に完成された作品とみなすこともできる。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の中では最長の演奏時間を要す。

4人という限られた演奏リソースを凌駕する声部構成を持ちながらも、伸縮自在に様々な音楽が詰め込まれている。さながら組曲の様相、性格の異なる6つの楽章が並べられている。

第1楽章 Adagio, ma non troppo – Allegro
冒頭がユニゾンという点は1曲目の「幽霊」と同じであるが、濃密なアウフタクトから急に和声感が広がる印象的な序奏に始まり、闊達な動機を持つアレグロと序奏同様のアダージョの異なる二つの音楽が、時に目まぐるしく織り混ざりながら展開される。

第2楽章 Presto
駆け抜けるように短い楽章であるが、やや切迫した忙しない動きと、華やかな分散和音、そしてあたかも何かが放り投げられたようにテンポ感を喪失する瞬間もあり、息をつく暇もない。

第3楽章 Andante con moto, ma non troppo. Poco scherzoso
憂鬱な雰囲気で始まりながらもそれはつかの間、おどけた舞踊曲調の呼応で散々に遊ぶ。

第4楽章 Alla danza tedesca. Allegro assai
音楽的にはもっとも気楽なレントラー。前の楽章で遊び足りなかったかのごとく、思いつくがまま、気ままに遊ぶ。

第5楽章 Cavatina. Adagio molto espressivo
それまでの遊戯的な雰囲気からは一変し、最上の美しさをたたえる楽章。ベートーヴェンの作品の中ではもっとも美しいとさえ言われ、「カヴァティーナ」という叙情的なアリアの代表格とされる。

第6楽章 Allegro
直前楽章の終止の和声感の中から生まれ出ずるように始まり、リズミックながらも流れるように愉しみのある主題が織り重ねられていく。度々転調を繰り返し、最後はあっけなく終わる。